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2005.08.15

せんそー

あれから60年とか言うけれど、たまたまこの国が戦場にならなかっただけ
テレビはこの日だけって感じで白々しいっちゃありゃしない
戦争はイケナイコトですって
いつもどこかで戦争してるぢゃないのさ
イケナイコトという事だけで戦争は終わらない。
分かっちゃいるけどやめられない国立死ね死ね団

異様に盛り上がる戦争苦労話は戦争を経験していない人は駄目だと言いたいんでしょ?
大声で目を輝かせて戦場の話をしている、人殺し自慢をしあうジジイにゾッとする

ゴジラ
ウルトラマン
バルタン星人
宇宙船間ヤマト
戦隊モノ
はいからさん
岩壁の母か名作劇場か

戦争カタルシスを材料にに作られたファンタジーに育てられてみた私達

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Comments

簡単なことなのにね、どんなことがあったって、人は人を殺しちゃいけないんだよ。

誰にもそんな権利は、それを許される謂れは、誰にも無いのに、それを国民に強制する政治が大手を振ってまかり通り、そしてそれを当然のように受け入れざるを得ない時代があったことを、今の政治家は誰一人としてはっきり口にできない。そして、その事実を今にどう生かすべきなのかも、やはり明らかに口にできる政治家は、残念ながらまだいないのだよね。

美味しいご飯を食べて、美味しいお酒を飲んで、辛いよう、美味しいようと、笑って暮らせることが、なにより愛しいのだ。政治はそんな暮らしを守ること以外に、どれだけ大切なことがあるというんだ?

Posted by: Benjamin | 2005.08.16 at 12:15 AM

なんというかなあ。

当時の話は聞いて損無いと思うけど。
そりゃまあ、勲章もろて見せびらかすようなのは
まっぴらごめんだけどさ。

例えば、僕の聞いた話。

僕の親父のじいちゃんは、呉で大和絡みの設計やっとって、
東条さんから勲章をもらってたんだって。
総理大臣勲章ちうんかな。大したもんらしいのね。
技術屋としては誇るべきだったのだけど、結局身内も
あまり知ることなく、だいぶ前に亡くなったよ。どうも
兵器の製造に関わってた事が恥ずかしかったようなんだ。

僕のお袋のじいちゃんは、台湾に派兵させられてた
みたいなんだけど、その時現地の飢えた人たちに
食料を渡してた事があるんだって。
もちろん軍規違反だから、ばれたら懲罰が待ってて
たぶん僕は生まれなかった事になるワケなんだけど、
その時はどうしても見過ごせなかったらしいのさ。

と、まあ僕が身近に聞いた話はこんなん。
美談かどうかはともかく、そういう事実が僕らに
近しい人たちにもあったって事は知っておいた方が
良いと思うんだ。
近所じゃアレだ、未だに戦争責任がアレだからして
もっと金と飯よこせなんて言ってる国も居るわけだし。
ちょっとは知っておかないと、何も言えなくなっちゃう。

愚にもつかない話はこっちでフィルタすれば良いじゃない。
この時期だけ盛り上がる二次大戦の話は、どうせメディアの
慣習による物だしさ。
逆にアレだ、年に一回くらい戦争って物を考えても
良いんじゃねえかくらいに僕は考えてる。

とまあ、こんな風にわりかしまじめにとらえてる
むきもあるからして、そんなに怒らんでおいてよ。

Posted by: くすくす | 2005.08.16 at 11:29 AM

はぁい~

怒っているわけじゃないのよ、戦後60年の雑感を箇条書きにしてみたのさ。真面目に捉えていくとすごい長丁場になっちゃうから、卑怯者はコピーだけ書いて逃げたのさ。

以下ヤフーのアンケート★★★★★★★★★
2005年8月15日より 計33030票

考えた 71% 23743 票
考えたことがない 6% 2293 票
これから考えてみたい 13% 4562 票
関心がない 7% 2432
★★★

 だそうな。結構な数の人が考えている。そう、ひめゆりの塔の記念館でさー、金髪甚平シルバーぢゃらぢゃらのおにーちゃんが、入り口に座り込んで号泣しているのを見たさ。「ひどすぎるよぉ」って嗚咽する姿は捨てたモンじゃないと思ったよ。翻って考えてみたら、(すごい誤解されそうだけど)私の親族に戦争で死んだ人は「居ない」事実。日本人皆が殺された!なんて事の嘘。大量の盾になった人々が居る。人一人の命の重さは同じじゃなかったんだよ!(当たり前のことって言うとおしまいなので、常識的幻想を支持して書いてみた)
 たとえ7割の人が、戦争を考えて「ワルイコト」と思ったとしても、為政者のパワーゲームの最悪の選択肢として「戦争」があるということ。そして、白々と果たして7割がそれを止めることが出来るのかと不安になるのだよね。
 世界がどんどん一部の為政者のモノになっていく気がして怖いのだ。その帰結として「戦争」があるんだよね。

 戦争の悲しいストーリー と ラブ&ピース を叫んで、他の国で戦争が起これば ゲームのように「観戦」する。ピースウォークに参加しようと思えば、政治団体の影を見て「やーめたっ」て思ってしまう。
 こんな私じゃ戦争なんて止めら無いよ!なんていえるほど純粋じゃないけど、表面だけなでて、贖罪をしたかのようにしているコトに感じるものはやっぱり「怒り」なんだけどね。

Posted by: akizo | 2005.08.16 at 01:09 PM

政治の視点から見ると、戦争ってな
外交の一種な訳だよね。
だからといって損得とかで始められても
大変困る。
でも、戦争の大半は損得から始まるんだよね。
たまに限定主義な人が始めようとするけど
結局始まる前に終わったりする事の方が
多かったりするみたいだし。

確かに、今の日本で政治の大きな動きを
僕たちがどうにか出来るんかと言われたら
多分無理と僕は答えるなあ。
その辺は確かに背筋が寒くなったりはする。

いよいよアカンときゃアレだ。
日本て国を選ばなきゃ良いんじゃないかな。
流石にそういう事にはならないと信じてるけど。
ナショナリズム振りかざす気はないけど、
僕はこの国大好きだからね。

だもんで、僕は僕に出来る事をするよ。
毎日楽しく過ごして、ほいでもって僕なりの
良い事悪い事をしっかり持って、僕以降の
連中に伝えたりするのさ。
こないだの話と一緒、小うるさいおっちゃんの
役を果たせばいいのだと僕は思う。

Posted by: くすくす | 2005.08.17 at 01:32 AM

ふむ。

 未だに60年前の戦争が、手を変え品を変え、綴り繋がっているのだということを言いたい気分もあり・・・。

 どうか、その気持ち恣意的な政治に利用されたりしない様にと願う気持ちもあり・・・。

 選挙になっちゃったね・・・。過剰に単純化した構造を刷り込んで、一体どうしたいのだろうマスコミは・・・。
 最悪投票しよーね・・・。おいら住民票移動しちゃったから、手続きが面倒だわ・・・。

Posted by: akizo | 2005.08.17 at 12:46 PM

そうか、そして「せんそー」が「せんきょ」に繋がってゆくのか。

Posted by: Benjamin | 2005.08.17 at 12:54 PM

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