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2007.03.13

喰う

 カテゴリーをグルメ・クッキングにしてみました・・・。

 『インドカレー伝』とゆー本を読んでいて、そりゃもうハマッている。何しろカレーは大好きだ。

 ガキの頃からの食道楽で、親の肴をくすねて育った。100年ぐらい前のイギリスに留学していた祖父の日記には、「この国には旨いものが何一つ無い。特に酒は最悪だ」と書いてあった。この食道楽のDNAをがっちり受け継いだ自信は有る。(ろくなもんではないが)。だから私に旨いものを食わせろぉお~(実にろくでもない)

 カレー伝はインドを侵略して住み着いた白人どもの食生活を説明材料に使って、インドとヨーロッパのかかわりと、魅惑のカレーの成立を示す。
 
 おそらくアジア人の中で、医食同源の発想(とゆーよりとらわれに近いのかもよ?)が乏しい分類の日本人は、アーユルヴェーダの理論にのっとり、食べるものを制限する考え方に戸惑う白人の気持ちがちょっと分かる。(ちょびっと)
 偉い人は、偉いので、食べるものを制限する。(カーストの高い人たちは肉食をしない)。貧乏人は貧乏なので、何でも食べる。何を食べてもよい。
 これは、実は再分配のテクニックだったりするんだろーけど、アーユルヴェーダの禁則はしゃれになってない。「食べれば地獄に落ちるぞ」ぐらいの勢いだからね・・・。そこに覇権を握った白人が現れて銭にあかせて、アーユルヴェーダを無視してやりたい放題のインドっぽい料理を花咲かせる。うりゃーっ。
 キリスト教の特徴の一つに食のタブーが無い。全世界制覇の夢に食のタブーは邪魔だったからじゃなかろーかと私は考えるけれど。それに対して中世的な「禁欲」の理想もあるんだよね。わざと不味いもの食うみたいな・・・(あぁ嫌だ)
 しかして、それゆえに支配階級の白人は「野蛮人」と揶揄され軽蔑されていたそうな。
「何でも食いやがって」

 宗教的な食のタブーは「それを食えば地獄に落ちるぞ」とゆーけどそれだけじゃなくて、ハチノコとザザムシ@長野県 の闘いみたいに、地域性が「結果として食べない」とゆーのもあるよね。これは「地獄」に落ちない。
 漢方の教えに従うと、ビールを冷やして飲むなんてのは言語道断なんだそーで、10年前のチャイナなら庶民の食堂で出るビールは必ず常温だったと聞いた。

 グローバリゼーションが食文化を壊すのだそーな。なんかの漫画に日本の家庭料理は、ハンバーグにエビフライが並んで、この国の料理じゃない!と嘆くシーンがあったが・・・あたしはそんなことは無いと思う。戦前殆どの日本人は1000キロカロリー程度しか食べていなかったとなんかで読んだ。ハンバーグもコロッケもエビフライも物資的に豊かになる道程で作られた「夢」のかたちだったんじゃないかと思うんだけどどーだろう?
 
 食べることは日常でハレで、快楽でありながら危険も含んでいる。(現代社会はこの自覚が乏しくなってるから、BSEでオタオタするのだ)

 ただならぬ日常が食卓で繰り広げられている。出来る限り楽しみたい、時々ぞんざいになる、たまに後悔する。


 
 

 

 

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