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2010.11.21

ヌーボーを飲むころには

 昨日はヌーボー宴会でした。かれこれ11回目。

 不覚をとりまして、寝てしまい、目が覚めたら、宴のあとでした。
きれいに片づけまで済んでいて、もうぐうの音も出ません。ぐぅ。出た。

 一生の不覚…。あぁあああ~ごめんなさい。

 お付き合いいただいた皆様には心から感謝申し上げます。今後ともよろしくお願いいたします。


 

 金曜日のHASHで、DD(伝統的一気飲み)を受けた時、自分がちょいと変わったことに気が付いた。

 のばぐが召されてから、どうにも破顔一笑とは行かない。あたりまえと言えばそうだが、何をしていても、髪の毛を引っ張られているみたいな、そういう痛みが続いていた。

 つっかからずにビールが入ってきた。驚いた。月曜日はそうはいかなかった、大好きなHASHerが絶妙に飲ませてくれるのに、まだ、楊枝が頭に刺さっていた。

 でも、金曜日、その楊枝は無くなっていた。

 この一週間、実によく笑っている。


 亡くなってから(正確にうと末期ガンだと分かってから)先が余りにも見えない事が怖くて、7月の中頃、ギネス飲みながら付箋紙に20枚ぐらいネタ出しして、妄想風味の実施計画を立てた。

 ヌーボーの解禁は、のばぐとずっと一緒に楽しんできたことで、毎年毎年繰り返し、ずっともっとずーーーーと続くはずのもので、どんなに仲が悪い時でも、この日の宴会の準備は楽しかった。自然に時点となった。

 多くの人が、私にブレスを与えてくれる。息を吸わせてくれる。宮古島行きのような、屋上の掃除のような…。

 
 ヌーボーを飲むころには・・・と考えたことは、ほぼすべて計画通り進んでいる。ほぼすべて、計画通り進んでいる。

 
 ちゃんと笑えるようになった。


 本日AM2時のクオリア。

 喪失の悲しみは、悲しみに暮れていれば、リアルな寂しさが相対的に抑制される。
 その嘆きから抜けたので、ものすごく寂しいわけなんだけど・・・

 悲しみ苦しみはもちろん、好ましいものではないのだが、そんな機能があるように、体感した。


 その寂しさは制御不能ではないのよね。どうにもこうにもならん暴力的な感情ではないの。だから、ちょっと安心している。

 


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