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2011.03.09

結婚8年目

 2003年3月9日、3末から6月まで忙殺されるのは分かっていたから、この週をおいて他に無い!という、スケジュール重視の色気に乏しい、事実婚をしたのがこの日。

 川崎市役所に届けた。特段もめることも無く、窓口で職員の女性が「見届けの妻、夫」と書き込んだ。
 3月9日という日付が数字的に安定していて気に入っている。

 あれから8年経ちました。相方が召されてからもカウントアップしていいのかしらと、夜中によぎったけれど、死別であって、離別じゃないんだから、カウントアップしてもいいのだと結論付けた次第。

 

 誤解されている方も居るようだけど、私は別に結婚を否定するわけじゃない。法律の制度がおかしー、ありえなーい、やってらんねーと思うけど、
 結婚にまつわる既得権益にぶら下がる姿を、なんだかなぁ~、私はいやだなぁ~と思いはするけれども、家族以外の他人と親密な関係を築くことはヒトとしてすごく重要だし、パートナーの存在は、人生を倍以上に幸せにする。

 関わり方の強度を「愛」と言葉にするようになったのは、はっきり意識したのは、相方と結婚してから。関わり方最強が相方。パートナー。

 従って、新興宗教に入れあげているヒトをパートナーとするのは、その きょーそ なり カミサマ なりが、最強になっちゃうわけだから、悲しい印象ばかり。

 相手と婚姻関係を結ぶ結んでないは便宜的な問題に過ぎないと思っている。今でも。(コレで結婚を否定していると思われちゃうんだな)年が離れていても、立ち居地が違っても、同性でも、最強度の関わりを持つ相手が居る。そしてその相手を尊重している。とゆーのが何より重要で、その強度を獲得していく過程は、人として大切な部分を豊かに成長させてくれるんだと、きれいにまとめてみる卑怯者。

 のばぐが亡くなってから、果たして私は「妻」だったのか?という命題にしばしばとっつかまった。嫁のようなフリはしたけれども、結局、繁殖もせず、ドアノブにカバーも付けず、およそ「妻」らしいことはしていない。葬儀に関連して、ソーシャライズされた私は、およそ「妻」には見えなかったろう、最後までろくなことが出来なかった・・・と滅入っていた。
 私と結婚したから、彼はガンになった。という妄想(だと思いたい)に取り付かれて逃げ回る。逃げ回った。

 で、関わりの強度に回帰して、過去形に仕立てる。
 
 間違えなく、私が、人生の中で、最も、強く関わったのは 信垣育司であって、関わりの強度は最強だった。今でも、最強だ。だから、パートナーでいーんだ。

 8年目って言っていいよね?
 

  

 

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Comments

 肺ガンの原因は歩き煙草をするほどの喫煙習慣にあるだから、禁煙運動に参加したらどうだろう。

Posted by: 虹戦士 | 2011.03.10 02:12 PM

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