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2011.12.09

はんぶん

ここ数日よく寝ている。24-7時。
 不眠症 or ロングスリーパーという難儀な睡眠タイプだが、もちろん、ロングスリープモードが、心身ともにいい状態だ。
 薬もいらない。


 ほぼ復活です。おおむね元通りです。以前と変わらない生活をしています。

 外向けの言葉(いやまぁ、散々ばら撒きましたね。過剰適合のよからぬ行動)でなく、実際、大体が正気・・・。に、なった。

 したらば、1年と半年が経とうとしている。精神科の言ったことはおおむね当たっていたということか。1年経過後の半年を乗り切れば、ほぼ大丈夫。と。

 震災があったので、市中にも、グリーフケア関連の文章が色々と出回っている。震災による死別は、暴力的死なんだとかなんだとか。犯罪とか、事故とかと同じく。

 じゃぁ、3ヶ月はどうなんだろう・・・と考える。

 舌癌をとって、6年で再発して。生命保険の生前給付で好きなことやってる、お医者がいるんだそーで、「必ず人は一度死ぬので」とか言ってた。のばぐの主治医もそう言った。えぇもう、大喧嘩。
 死は平等でスティーブ・ジョブズだって例外じゃない・・・けれどさ・・・。そのお医者「ガンは死ぬまでの時間がある」と申しておる。
 確かにあーたには、6年間時間があったさ。
 人生見つめなおす時間があったさ。保険金でギター買って、ライブして、本も出せたさ。

 あーーーーっちゅうまに、悪化して、頑張ろう頑張ろう今がこらえ時、今が過ぎれば良くなるから・・・と苔の一念で祈ってるうちに、あーーーーっちゅうまに死んじゃった場合はどうするのさ・・・。

 なくなってすぐ、事故死よりマシ と慰めてくれた人が居たけど、「はぁ?」って思ったね。言わなかったけど。3ヶ月かけて死んだのと即死を比較するの?って。
 本人と近親者と主語が違うんだから、ズレるのは当たり前なんだが・・・。

 人生やっていくパートナーが急に居なくなっちゃって、トホーにくれていた私が、1年と半年でしてきたことは、ミスも回り道も多いがおおむね、代替と回避行動にまとめられる。
 最初、半年はヨイヨイのクルクルパーだから、ほっといて。
 次のサイクルは地震とかあって、やや見えにくいが、なんか圧力高め。
 1年パスから実働開始。

 最初半年のよーに、家の掃除に明け暮れ、イエを守らねば(昔の農家か?)と、薄暗い部屋で一人で自分のためだけの食事を作ってみたり(今やコレに一ミリの価値も見出せない)周囲の庇護を取り付けるためのエクスキューズみたいなことばっかりやってたな・・・うひぃ思い出してきぼちわるい・・・ こんなことしたくないのだ・・・。それでのばぐが生き返るなら別だけど。どうやらもう生き返らないみたいだしね。

 お酒飲んで、パーティー行って、走って、車で遠出して、飲んで、食べて、騒いで・・・。
 全力で、逃避回避している。逃避というと向き合えという人が居るが、もう、どうにもならないぐらい向き合った。これ以上どうすればいいのさ。
 
 反面、そんなコトしてたって何にもならん。とも思う。ぴっちりの半々。

 時間の計算をする。24のときにのばぐに出会って。36でのばぐは死んだ。彼と遊ぶために仕事をしていたようなもんだから、職歴の割りにたいしたこと無い。
 12年を人生の6つのブロックの一つとすると、リアルな人生積み上げ時だったのだろうけれど、つみあがらんかったね。

 もう、こういう文章を書いても泣かないし、ぎぅとはクルけどたいしたこと無い。

 同時に気がついたのは、まーもーどっちにしろ、本当に後家だなーってこと。
そっちのほーが安心する方も多かろうし、それに抵抗する気力もわかないし・・・

 人生はんぶん ぴっちり半分。終わった、無くなった、永久凍結した・・・ということ。

 騒ごうがなにしよーがマキシマムが半分・・・。

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