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2013.07.10

その先はこれから書きますを書きます


 頭痛と歯痛が片付いたので、やりたくない事もやろうと思う。
 のぶがきくじの衣類をゴミ袋3つ捨てる。まだ山のようにスーツが残っている。
おき場所はあるんだから、捨てなくても・・・と思っていたが、おいといてもしょうがない。
あと4袋ぐらいで片付くかな。何しろ私より衣装持ちだった。

 眠るために地下鉄で遠回りをしてみたり、鈍行に乗って寝たり・・・眠れない理由はベッドルーム自体にあって。
この際、あらかた撤去してしまえばいいんじゃね?と思ってる。もう全然、居ないようにすればいい。

 
 ノブガキイクジと私の物語は、今はもうエピローグであって今後の展開は無い。

 知っている人は知っていることだが病気になる前、私たちの関係は相当の部分で破綻していた。
無職になった事が主因と説明すれば簡単だが、もっと本質的な部分であったように思う。
 死という別れは最も優しく、イノセントでなにやらズルい。私はそれに浴している。

 話す事<書く事<聴く事 これが私のコミュニケーションの優先順位であって、彼から何も聞けなかったという事は、実のところ拷問のようであった。

 話さない人だった。
 
被虐待児が身につける特性のひとつに、不快なところから逃げようとしない。(不快と思うところでも時間的継続を優先させる)っつーのがあって、それだったのかもしれない。話さないだけで、殴るわけじゃないから。

 地の果てまで行って潜ったり、酒と料理に耽溺したり、派手っぱでしく楽しげにやっていたが、それが派手になるのはベースが無いからであって、年の半分を出張し、食事中だろうがリゾートに居ようがお構いなしに24時間仕事をしていたのは、ボディブローのように効いていた。
 
 私はいるのに居ないみたいだ。常に家に一人で居て、オヒトリサマがデフォルトであるにもかかわらず。これを今感じる事はない。

 セブンスターを吸いながら、唐突に開始されたテレコンをながめながら言語化さえしなかったが、その時はそれでおぼれ死にそうになっていた。

 とはいえ、彼は私に、安全な場所と、完全な肯定(否定しなかっただけかもしれん)を与えて、毒家族から引き剥がしてくれた。
 これに勝るものは何も無い。私の人生を奪取してくれたのだから。
 ディティールを説明すると余りにも暗いので割愛するが、ノブガキイクジほどの腕力と度胸(この人は出来ない事は無いもないと思っているふしがあった)でなければこんな焼けイガグリ拾おうとしなかったろう。
 その意味で彼は、全ての他人と比較にならない他人であることは間違えがない。

 6月に入り、がん性せん妄がでたり、意識レベルが下ったときに、わたしを生き返らせたのだから、今度はわたしの(生き返らせる)番なのだと、数え切れないほど言ったけれど、返答は無かった。

 愛している言い続けたけれどそれにも答えは無かった。

 一番楽しかったときは?の質問にはサンノゼに居た時と答えた。君はその後、結婚して離婚して、帰国して4年後にわたしにあっているんだけど。。。どうなの?

 お喋りじゃないのは、年のせーとしてたけど、あんがい君の同級生よく喋るよ?

 寡黙だっただけかもしれない。アウトプットに癖があっただけかもしれない。そもそも、アウトプットに障害があったのかもしれない(とレッテル付けができるのが一番らく)。
 
 ところで君はわたしのことをどう思っていたの?という疑問をずっと抱えてきたんだが、ものすごく無駄だからやめてしまえ。

 行動で示していたじゃないと優しい人は言ってくれるけど、わたしは言葉で記号で何かをとっておきたかったらしいよ。彼との言葉のやり取りがこてんぱんに失敗したから、わたしにとっての言葉の価値は上がり続けている。
 
 ことさら、聴く事。聴くことが出来る事。 

 命がけで言葉を伝えようとする事は出来ない事もないのだけど、聴く事はものすごく難しい。
 その言葉を聴けたら、もうそれだけでいいのだけどね。

 そう、不意に「あなたにとって重要な事は何ですか?」という質問をされた、

 酔っていたが、30年前に知った言葉でコレだ!と思った言葉。
 「よい知識と正しい判断をわたしにください(わたしはあなたを信じるからです」がポイと出た。
ちょっと驚いたが、別にそのとおりで嘘はない。
 ところがこれが、全然出来てないんだ・・・

 

 

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